
雄町とは? – 160年以上の歴史を誇る「幻の酒米」の魅力に迫る
「雄町(おまち)」は、日本酒造りに使われるお米、いわゆる酒造好適米の一種です。
数ある酒米の中でも、約160年前に発見されて以来、品種改良されることなく栽培が続く唯一の原生種として知られています。
その希少性と、他の酒米では出せない独特の味わいから熱狂的なファンが多く、「オマチスト」という言葉も生まれるほどです。
雄町は、現代の人気酒米である「山田錦」や「五百万石」など、現存する酒米の半分以上のルーツ(親または祖先)となった品種でもあり、日本の酒造りの歴史において非常に重要な位置を占めています。
この記事では、そんな雄町の歴史、米としての特徴、醸される日本酒の味わい、そしておすすめの銘柄まで、その魅力を余すところなくご紹介していきます!
雄町の歴史:発見から「幻の米」、そして復活へ
発見の物語と黄金期
雄町の歴史は、1859年(安政6年)に備前国上道郡高島村字雄町(現在の岡山市中区雄町)で、篤農家の岸本甚造翁が発見した2本の稲穂から始まります。
当初は「二本草(にほんぐさ)」と呼ばれていましたが、その優れた品質が評判となり、栽培地の名を取って「雄町」として知られるようになりました。
明治時代から昭和初期にかけて、雄町で造られた日本酒は全国の新酒鑑評会で高い評価を受け、「雄町でなければ金賞は取れない」とまで言われるほどの黄金期を築きました。
「幻の米」と呼ばれた時代
しかし、雄町は稲の背丈が160cm以上と非常に高く倒れやすいうえ、病害虫にも弱いという栽培の難しさがありました。
さらに、収穫量も他の品種に比べて少ないという課題も抱えていました。
戦時下では食糧増産が優先され、手間のかかる雄町の作付け面積は激減し、一時は3ヘクタールにまで落ち込み、「幻の米」と呼ばれるほど希少な存在となってしまいました。
復活への道のり
絶滅の危機に瀕した雄町でしたが、岡山県の酒造メーカーや熱心な篤農家たちの尽力により、復活への道が開かれます。
特に、利守酒造などが中心となり、栽培技術の改良や契約栽培を進めた結果、作付面積は徐々に回復し、現在では約500ヘクタールまで増加しています。
この復活劇には、雄町の個性的な味わいを愛する「オマチスト」と呼ばれるファンの存在も大きな後押しとなりました。
雄町米の特徴:なぜこれほどまでに特別なのか?
雄町が他の酒米と一線を画す理由は、その独特な米の特性にあります。

物理的特徴
大粒で心白(しんぱく)が大きい
米の中心部にある白く不透明な部分「心白」は、デンプン質で吸水性に優れ、麹菌の菌糸が入り込みやすい構造をしています。
これにより、糖化がスムーズに進み、日本酒造りに非常に適しています。雄町の心白は球状で柔らかいのが特徴です。
軟質で溶けやすい米質
雄町は他の酒米に比べて米質が柔らかく、日本酒を造る過程(醪)で溶けやすい性質を持っています。
これは、お酒に豊かな旨味やコクを与える一方で、造り手の高度な技術が求められる要因ともなります。
吸水性が高い
水分をよく吸収するため、洗米や浸漬の工程で細心の注意が必要です。
この特性が、出来上がるお酒の味わいに多様性をもたらします。
タンパク質が少ない
日本酒の雑味の原因となるタンパク質の含有量が比較的少ないため、クリアで質の高い酒質が期待できます。
栽培上の特徴と困難さ
雄町の栽培は非常に難しく、高い技術と手間を要します。
背丈が高い
稲の穂丈が160cmから180cm近くまで成長するため、風雨で倒れやすく(倒伏)、収穫量が不安定になりがちです。
病害虫に弱い
他の品種に比べて病気にかかりやすく、害虫の被害も受けやすいため、日々の細やかな管理が欠かせません。
収穫量が少ない
穂数が少ないなどの理由から、単位面積あたりの収穫量が他の米に比べて低い傾向にあります。
岡山県が主産地
これらの栽培の難しさから、気候風土が適している岡山県が現在も全国生産量の約95~96%を占める主産地となっています。
一部の篤農家の間でしか栽培されていません。
雄町で醸す日本酒の味わい:複雑で奥深い魅力の源泉
雄町で造られた日本酒は、その米の特性を反映した、他の酒米では表現できない独特で複雑な味わいを持つことが最大の特徴です。
基本的な香味プロファイル
① 芳醇でふくよかな旨味とコク
雄町はアミノ酸を多く含むためしっかりとした米の旨味と、口の中に広がるふくよかなコクが感じられます。味わいに「幅がある」とも表現されます。
② 優しい甘みとバランスの取れた酸
米由来の自然な甘みとそれを引き締める適度な酸味が、絶妙なバランスを生み出します。
③ 厚みのある飲みごたえと深い余韻
単にスッキリとした味わいではなくしっかりとしたボディ感があり、飲んだ後も長く続く心地よい余韻が楽しめます。
④ 香りは比較的穏やかだが、熟成で「化ける」ポテンシャル
派手な吟醸香というよりは、米由来の落ち着いた香りが主体となることが多いですが、熟成させることで香味が開き、より複雑で深みのある味わいに変化する「秋上がり」する傾向があります。
「雄町らしさ」とは何か?
「雄町らしさ」という言葉で表現される味わいは、蔵元の技術や目指す酒質によって多岐にわたります。
雄町は溶けやすい性質のため、造り手の技術やセンスが酒質にダイレクトに反映されやすい酒米です。
下手をすると雑味が出たり、重くなりすぎたりする可能性もあるため、その特性を理解し、コントロールする技術が求められます。
そのため、同じ雄町米を使用しても、華やかで甘口の酒から、どっしりとした旨口の酒、キレの良い辛口の酒まで、実に多様なスタイルの日本酒が生まれます。
この多様性こそが、多くの日本酒ファンを惹きつける「雄町らしさ」の核心と言えるでしょう。
雄町の系譜とバリエーション
酒米のルーツとして
雄町は、その優れた酒造適性から、多くの酒米の親(交配元)となっています。
現在、酒米の王様と称される「山田錦」や、生産量第2位の「五百万石」も、その系譜を辿ると雄町に行き着きます。まさに、日本の良質な酒米の源流とも言える存在です。
主な産地と地域ブランド
雄町の最大の産地は岡山県で、その中でも特に品質が高いとされる地域では「赤磐雄町(あかいわおまち)」や「備前雄町(びぜんおまち)」といった地域ブランド米として区別されることもあります。
これらのブランド米は、特定の地域で栽培され、厳しい品質基準をクリアしたものだけが名乗ることができます。
厳選!雄町を使ったおすすめ日本酒と実売価格
雄町で醸された日本酒は、その個性的な味わいから多くの銘柄が存在します。ここでは、特におすすめの銘柄とその実売価格(2025年5月時点の参考価格)をご紹介します。
価格は変動する可能性があるため、あくまで目安としてください。
銘柄名 | タイプ | 特徴 | 実売価格(720ml目安) | 実売価格(1800ml目安) |
まんさくの花 純米大吟醸生原酒 雄町酒 | 純米大吟醸生原酒 | シャープな酒質、しっかりとした骨格、程よい吟醸香と美しい酸のバランス | 約2,585円(税込) | 約4,675円(税込) |
醸し人九平次 純米大吟醸 雄町 | 純米大吟醸 | 南国フルーツのような濃厚な果実香、ジューシーな酸が特徴 | 約3,500円~4,500円 | 約7,000円~9,000円 |
賀茂金秀 純米吟醸 雄町 | 純米吟醸 | 華やかさ、若々しさ、ボリューム感があり、雄町の良さを最大限に引き出している。酸のキレも良い。 | 約1,800円~2,200円 | 約3,500円~4,000円 |
田光(たびか) 純米吟醸 雄町 瓶火入れ | 純米吟醸 | 優しい米の旨みがじんわりと広がる。燗酒にも適した人気商品。 | 約1,900円~2,400円 | 約3,800円~4,500円 |
赤武 AKABU 純米吟醸 雄町 | 純米吟醸 | 赤武らしいフルーティーな香り、雄町由来のしっかりした旨味とシャープな後口のバランスが良い。 | 約1,800円~2,300円 | 約3,400円~3,900円 |
風の森 雄町 807 | 純米酒 | 華やかな香りとリッチな甘み・旨味、心地よい微発泡感が特徴。超低温長期発酵により複雑性と奥行きある味わいを実現。 | 約1,650円~2,000円 | 約3,485円~3,800円 |
玉川 自然仕込 山廃純米酒 雄町 無濾過生原酒 | 純米酒 無濾過生原酒 | 濃醇な旨味とふくよかな甘み、しっかりとした酸が調和したスーパーフルボディ。濃厚な冬の味覚と共に。 | 約1,760円~1,925円 | 約3,520円~3,740円 |
南部美人 雄三スペシャル 雄町 純米酒 | 純米酒 | 特にお燗でその真価を発揮。温めることで旨味がふくらみ、円やかで心に染み渡る味わいに。シャープさとふくよかさが調和した一本 | – | 約3,036円~3,520円 |
利守酒造 赤磐雄町 純米大吟醸 | 純米大吟醸 | 雄町復活の立役者。フレッシュな香りと旨みが広がる。岡山県清酒鑑評会受賞歴あり。 | 約3,500円~4,500円 | – |
まんさくの花 純米大吟醸生原酒 雄町酒
酒米の始祖「雄町」で醸す、「まんさくの花 純米大吟醸生原酒 雄町酒」。
雄町米を45%まで磨き、フレッシュな味わいをそのまま瓶に閉じ込めました。甘味は控えめでシャープな口当たりながら、力強い芯のある酸味と後から広がる米の旨味・厚みが特徴です。
凛とした味わいと爽やかさを併せ持ち、程よい吟醸香と美しい酸が調和。
同時期発売の愛山酒とは異なる、雄町ならではの力強さと上品さを兼ね備えた逸品です。
オマチスト入門にも最適の一本をぜひ。
醸し人九平次 純米大吟醸 雄町
愛知・萬乗醸造の「醸し人九平次 純米大吟醸 雄町」は、酒米「雄町」を50%まで磨き上げた、力強くもエレガントな一本です。
SAUVAGE(野生味)の名を冠し、南国果実や柑橘のような豊かな香りと、雄町ならではのジューシーでパワフルな米の旨味が特徴。
きれいな酸味とミネラル感が味わいを引き締め、心地よいガス感と共にフレッシュな印象も与えます。
時間と共に変化する複雑な風味は、ワイングラスでじっくり楽しむのがおすすめです!


賀茂金秀 純米吟醸 雄町
広島・金光酒造の「賀茂金秀 純米吟醸 雄町」は、ブランドを代表する人気酒です。
雄町米を50%まで磨き上げ、その魅力を最大限に引き出しています。上品で甘やかな香りに、雄町ならではのふくよかな旨味とコク、そしてフレッシュな酸とのバランスが絶妙です。
後半のキレも良く、微かなガス感が心地よいアクセントを添えています。冷酒から常温、ぬる燗まで楽しめ、食中酒として最適。飲み飽きしない、実力派の逸品です。

田光(たびか) 純米吟醸 雄町 瓶火入れ
三重・早川酒造の「田光 純米吟醸 雄町 瓶火入れ」は、岡山県産雄町を50%まで磨いた逸品。
鈴鹿山脈の伏流水と木槽搾りが生み出す、柔らかく優しい口当たりが特徴です。華やかすぎないフルーティーな香りと、雄町ならではの奥行きのある旨味と甘みがバランス良く広がります。
親子3人で丁寧に醸す小仕込みで、瓶火入れによりフレッシュさと風味の調和を実現。クリアで飲み疲れしない、安定感のある味わいです。

赤武 AKABU 純米吟醸 雄町
岩手・赤武酒造の「赤武 AKABU 純米吟醸 雄町」は、岡山県産雄町を50%精米で使用した、軽快かつ深みのある味わいの純米吟醸酒です。
赤リンゴやパインのような華やかな香りに、雄町らしいふくよかな旨味とリッチな甘み、鮮やかな果実味が広がります。フルーティーな酸が軽やかさとバランスをもたらし、フレッシュながらも洗練された飲み応えが特徴です。
食事と共に楽しめ、温度変化による味の変化も魅力的な一本です。
風の森 雄町 807
奈良・油長酒造「風の森 雄町 807」は、岡山県産雄町をあえて80%の低精白で使用し、その個性を最大限に引き出した純米酒です。
超低温長期発酵により、雄町ならではのパワフルでふくよかな旨味とリッチな甘み、複雑な味わいを実現。白桃やマスカットのような華やかな香りと、風の森特有のピチピチとした微発泡感が特徴です。
滑らかな口当たりと、甘み・酸味の絶妙なバランスが楽しめます。冷やして飲むのがおすすめです。

玉川 自然仕込 山廃純米酒 雄町 無濾過生原酒
京都・木下酒造の「玉川 自然仕込 山廃純米酒 雄町 無濾過生原酒」は、イギリス人杜氏が醸す冬の限定酒です。
岡山県産雄町を66%精米し、自然仕込の山廃造りで醸した無濾過生原酒。
アルコール度数19度以上の力強いスーパーフルボディで、濃醇な米の旨味、雄町特有のふくよかな甘み、そして山廃ならではのしっかりとした酸味が調和。複雑で奥行きのある味わいは、濃厚な冬の味覚と相性抜群です。
▶︎ 詳しくはこちらの記事をご覧ください >>
京都・木下酒造が醸す「玉川 自然仕込 山廃純米酒 雄町 無濾過生原酒」を徹底解説! 雄町米と山廃仕込みが織りなす濃厚な旨味と複雑な味わい、料理との相性、実売価格まで、この冬季限定酒の魅力を余すことなくお届けします。
南部美人 雄三スペシャル 雄町 純米酒
岩手・南部美人の久慈雄三常務が手掛ける「雄三スペシャル 雄町 純米酒」。
酒米「雄町」を60%精米し、7号酵母で醸した食中酒です。
冷やしても美味しいですが、真価は「お燗」にあり。温めることで味わいがふくらみ、円やかで染み渡るような深い旨味が際立ちます。
エッジの効いたシャープさの奥に広がる雄町のふくよかな旨味と、お燗での変貌ぶりはまさに感動的。
一度飲んだら忘れられない、心に響く旨さの純米酒です。
利守酒造 赤磐雄町 純米大吟醸
岡山・利守酒造の「赤磐雄町 純米大吟醸」は、“幻の米”雄町を復活させ、その米で醸した蔵の魂とも言える一本です。
精米歩合40%の雄町米を使用し、爽やかな口当たりと、口中に広がる雄町ならではのふくよかな旨味が特徴です。
華やかさとしっかりとした味わいを併せ持ち、国内外のコンテストで最高金賞を連続受賞するほどの実力派。
肉料理や魚料理とも相性が良く、冷酒からぬる燗まで楽しめます。

雄町の日本酒を最大限に楽しむ方法
雄町で造られた日本酒のポテンシャルを最大限に引き出すためのポイントをご紹介します。
最適な飲み方
一般的に、雄町の日本酒は常温(冷や)やまろやかなぬる燗で飲むことで、そのふくよかな旨味やコクがより一層引き立ちます。
冷やしすぎると、雄町特有の豊かな風味が感じにくくなることがあるため、温度帯による味わいの変化を楽しむのも一興です。
日本酒は温度で味が変わる!冷酒、燗酒、それぞれの特徴を解説。おすすめの温度帯や銘柄、実売価格も紹介。あなたにぴったりの日本酒を見つけましょう。
料理とのペアリング
雄町のしっかりとした味わいは、幅広い料理と良い相性を見せます。




- 和食全般:煮物、焼き魚、出汁を効かせた料理など、伝統的な和食とよく合います。
- 肉料理:鶏肉や豚肉を使った料理、すき焼きなど、ややしっかりとした味付けの肉料理とも好相性です。
- チーズや発酵食品:熟成したチーズや味噌を使った料理など、発酵食品特有の旨味とも引き立て合います。
- ジビエ料理:雄町の持つ力強い味わいは、鹿肉や猪肉などのジビエ料理の風味にも負けません。
オマチストと雄町文化
「オマチスト」とは?
前述の通り、「オマチスト」とは、雄町米で醸された日本酒を熱狂的に愛するファンのことを指す愛称です。
彼らは雄町の個性的な味わいや、蔵元による表現の違いに魅了され、積極的に情報を交換したり、雄町のお酒を求めて酒販店や飲食店を訪れたりします。
雄町サミット
岡山県では、2008年から「雄町サミット」というイベントが開催されています。
これは、全国の酒蔵が雄町を使用して醸した日本酒を持ち寄り、その品質を競い合うきき酒審査会(コンテスト)と、一般消費者向けのきき酒会(歓評会)からなるイベントです。
雄町の品質向上と、その魅力を広く伝えることを目的としており、オマチストにとっては見逃せないイベントとなっています。
まとめ:雄町が日本酒ファンを惹きつけてやまない理由
雄町は、その160年以上にわたる歴史、栽培の難しさからくる希少性、そして何よりも他の酒米では表現できない複雑で奥深い味わいによって、多くの日本酒ファンを魅了し続けています。
造り手の技術や情熱がダイレクトに反映されるため、同じ雄町米でも蔵元ごとに全く異なる表情を見せるのも、飲み手を飽きさせない大きな魅力と言えるでしょう。
「幻の酒米」とまで呼ばれた雄町で醸される一杯は、日本酒の多様性と奥深さを教えてくれます。
この記事を参考に、あなたも「オマチスト」の第一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか?
【関連記事】
